（本文）
　　ここに、軍に従いし神表筒男・中筒男・底筒男の三柱の神(住吉の神)が皇后にいうには、「わが荒魂（あらみたま）を、穴門（あなと）の山田の邑にお祭りせよ」と言った。時に穴門の直の祖先の践立（ほむたち）・津村の連の祖先、田裳見宿禰(たもみのすくね)、が皇后に「神が鎮座したいと仰せになる処に必ず、居る場所を定め奉るべし」と申し上げた。　それで践立(ほむたち)を以って、荒魂をお祭りする神主とされた。そしてお社を穴門の山田邑に立てられた。

＜　注釈　　　朝鮮への遠征に成功し、帰ってくると住吉の神を祭っていた人々は恩賞を要求するのでしょう。 それが、まず、穴門に住吉神の荒魂(たま)をお祭りする祠を建てることだったのでしょう。皇后に新羅への出兵を促し、新羅への恨みを持つ人々は、住吉神の荒魂に感謝するためだったと考えられます。和魂より荒魂を祭った理由がわかります。＞

長門一の宮　住吉神社

長門一の宮　由緒書

（本文）
　新羅を征討された明年の春ニ月に皇后は群卿（まえつきみたち）および百寮（つかさつかさ）を率いて、穴門豊浦の宮に移りたまう。天皇の喪(みもがり)を収めて、海路で大和に出発された。そのとき、かご坂の王・忍熊の王は天皇が崩御されたこと、また皇后が西の方を討たれたこと、またも皇子がお生まれになったことを聞いて、密かに謀(はか)り言うには、「今、皇后に子が有ります。群臣はみな、皇后に従っている。必ず共に謀って、幼き王を立てるだろう。吾等は兄であって、どうして弟に従うことができようか。」という。
　即ち、偽りに天皇のために陵（みささぎ）を造るまねをして、、播磨に来て、明石に陵を造った。それで、多数の船を並べ連なれて淡路島にわたし、その島の石を運んで陵を造った。それで人毎に兵準備させて、皇后の到着を待った。そのときに、犬上君の祖、倉見別（くらみわけ）と吉師（きし）の祖　五十狭茅宿禰（いさちのすくね）と共に　かご坂王（かごさかのみこ）に付いた。よって、将軍（いくさのきみ）として東国（あずまのくに）の兵を興（おこ）させた。そのとき、かご坂王（かごさかのみこ）と忍熊王（おしくまのみこ）はともに兎我野（とがの）に出て、狩をして占った。「もし、首尾よく戦に勝てるなら、かならず猪狩が成功するだろう」という。二人の王（みこ）がおのおの仮さずきにおられたそのとき、赤い猪が急に出てきて仮さずきに登って、かご坂王（かごさかのみこ）を食い殺した。戦（いくさ）の人たちは皆、恐れおののいた。
　忍熊王（おしくまのみこ）が倉見別くらみわけ)に語るには「このことはおおいなる不吉である。ここで敵を待ち伏せては危うい」と言って、軍隊を引き返し、住之江に撤退し駐屯した。

皇后は忍熊の王（おしくまのみこ）が軍（いくさ）を起こして待っているとお聞きになって、武内宿禰に命じて、皇子を連れて難波より迂回して、南海に出て、紀伊の水門（きいのみなと）に停泊させた。

　皇后の船は直接に難波をめざした。時に皇后の船は海中を巡り、進むことが出来なかった。それで、務古（むこ）の水門(みなと)（武庫川の川口か）に帰られて、占われた。ここに、天照大神が皇后に言われるには、「我が荒魂(あらみたま)を皇后の近くに祭るな、まさに、広田国(摂津国武庫郡広田神社)に祭れ。」と言われた。それで山背根子（やましろがねこ）の女（むすめ）、葉山媛（はやまひめ）をもってお祭りさせた。
　また、稚日女尊(わかひるめのみこと)は皇后に「吾は活田(いくた)の長峡国(ながおのくに)(摂津国八部郡生田神社の地)に居たい。」と言われた。それで、海上の五十狭茅(うみがみのいさち)を以ってお祭りさせた。
　また、事代主の尊（ことしろぬしのみこと）は、「吾（われ）を長田の国（摂津国八部郡長田神社の地）に祭れ」と言われた。葉山媛の弟（いろど）、長媛（ながひめ）に祭らせた。
　また、表筒男・中筒男・底筒男の三柱の神は「吾が和魂（にぎみたま）を、大津の淳中倉の長狭（ぬなくらのながを）に居さしむべし。即ち、行きかう船の監視をしよう」と言われた。そこで、皇后は神の言われるままに、鎮(しず)め祭られた。すると、海を平穏に航海することが出来た。

　忍熊王は宇治に退き、兵を起こした。皇后は南方、紀伊の国に到着し、太子（ひつぎのみこ）と日高で再会された。群臣（まえつきみたち）と謀り、遂に忍熊の王（おしくまのみこ）を攻めようと、小竹宮(しののみや)（和歌山県那賀郡粉川町長田とする説と御坊市新町の小竹八幡宮(しのはちまんぐう)とも言う)に移られた。

＜　注釈　　　大和に凱旋する皇后の一団には、いろいろの神を祭っている軍団がいたのだろう。忍熊王の勢力を後退させなければ皇后の船は難波方面への航海が危うかったのだ。
　 状況を聞いて、天照大神を祭祀する人々は広田国に戦いの拠点を置けと言う。稚日女尊を奉祭する人々は活田の長峡国で戦いたいと言う。
　事代主の尊を祭る人々は、長田の国で戦うという。
　表筒男・中筒男・底筒男の三柱の神は大津の淳中倉の長狭に居て、行きかう船の監視をしようと言われた。
　皇后はそれぞれの神を祭る人々の言うとおり、戦いの拠点を展開したところ、忍熊王(おしくまおう)は宇治に退き、平穏に航海できたということでしょう。＞

（本文）
このときに、昼の暗きこと夜のごとくして、すでに多くの日が経過した。そのとき人々は「常夜行く（とこやみをいく）」という。皇后は紀伊の国の直（あたい）の豊耳（とよみみ）に「何という意味か」尋ねると、時に一人の翁（おきな）がいて言うには「伝え聞くところでは、このようなことを　阿豆那比の罪（あずなひのつみ）という」と申し上げる。　皇后が「なんという意味か」と尋ねられると、答えて申し上げるに「二つの社（やしろ）の祝者（はふり）を、一緒にして同じ墓に葬るか」と申し上げる。
　　それ故、村里にそのようなことがあったかどうかを問うと、一人の人が言うには「小竹の祝者（はふり）と天野の祝者（はふり）は共に仲の良い友であった。小竹の祝者（はふり）が病で亡くなったので天野の祝者（はふり）が泣き悲しみんで言うには。『私は生きているときは中の良い友であった。どうして死後に同じ墓穴に入ることが出来ないなんて』と言いて、すぐに
小竹の祝者の屍のそばに伏して自殺した。それで、同じ墓穴に合わせて葬った。もしかしてこのことか」と申し上げた。それで、墓を開いて確かめるとその通りであった。棺を改めてそれぞれ異なるところに葬った。すると、日の光が戻って輝き、昼と夜の区別がつくようになった。

＜　注釈　　　このなぞなぞのようなお話はなにを意味するのだろうか。阿豆那比の罪（あずなひのつみ）とは何を意味するのでしょう。学者さんはなにも解説してくれません。
　これは皇后一行に対して、あからさまに敵対することも無く、また積極的に味方ともいえない紀伊の国の直（あたい）の豊耳（とよみみ）の真意が読めなかったということではないでしょうか。天変地異の現象をかりて、神功皇后一向の前途に不安な予兆を表現しているのです。吉野の人々にとって、神功皇后に加勢するべきか、はたまた、忍熊王に加勢するべきかを天秤にかけることは当然です。命がけで神功皇后に加勢する場合その恩賞の約束がほしいのです。彼らの未来にかかわる重大なことがらなのです。「常夜行く（とこやみをいく）」という天変地異の現象をかりて、暗に恩賞の約束を取り付けるのです。
　　天野の祝者（はふり）とは、紀伊の国天野の地に鎮座する丹生の神様を祭る巫女をいうのでしょう。小竹の祝者とは紀伊の国那珂郡志野村(今、和歌山県那賀郡粉河町長田)の小竹の宮を祭る巫女をいうのでしょう。異なる神を祭る小竹の祝者（はふり）と天野の祝者（はふり）を同じ墓穴に合わせて葬むることは、生前いかに仲の好い友達であったとしても、忌むべきことだったのでしょう。なぜならそれは、それぞれの神を斎（いつき）祭る人々には、それぞれの神にそれぞれのしきたりがあって、天変地異の現象をかりて、別々に恩賞を約束せよと迫っているのです。

　阿豆那比の罪（あずなひのつみ）とは古代の人々がそれぞれに斎（いつき）祭る神を理もなく合祀することをいうのでしょう。棺を改めてそれぞれ異なるところに葬ったとは、紀伊の国の直（あたい）の豊耳（とよみみ）が、それぞれ別々に恩賞の約束を取り付けたということです。また、日の光が戻って輝き、昼と夜の区別がつくようになったとは、一気に前途が開けたということを意味しているのでしょう。

　　丹生都比売神社の由緒書によれば丹生都比売大神は天照大御神の御妹神さまで稚日女命　（わかひるめのみこと）　とも申し上げ、神代に紀ノ川流域の三谷に降臨、紀州・大和を巡られ農耕を広め、この天野の地に鎮座されました。
また、『播磨国風土記』によれば、神功皇后の出兵の折、丹生都比売大神の託宣により、衣服・武具・船を朱色に塗ったところ戦勝することが出来たため、これに感謝し応神天皇が社殿と広大な土地を神領として寄進されたとあります。＞　

（本文）
三月の丙申（ひのえさる）の朔庚子（ついたちかのえね）の日に、武内宿禰（たけのうちのすくね）・和珥臣（わにのおみ）の祖（おや）武振熊（たけふるくま）命じて数万の兵を率いて、忍熊の王（おしくまのみこ）を撃たせる。ここで、武内宿禰ら精鋭の兵を選んで山城より出撃する。
　宇治に至り川の北に駐屯させる。忍熊王、営(いおり)を出て戦わんとする。時に熊之凝(くまのこり)という者あり。忍熊王の軍の先鋒となる。・・・・・・中略・・・・・
　そのとき武内宿禰（たけのうちのすくね）が三軍(みたむろのいくさ)に命じて、ことごとく髪をあげさせ、よって「各々、儲弓(うさゆづる)を髪の中に収め、また木刀(こたち)をはけ」と命令した。そして皇后の命令を言上(ことあげ)げして、忍熊王を欺き、「吾は天下を貪(む)さぼらず。ただ若き王を抱きて、君王(きみ)に従うのみ、どうして戦うことがあろうか。願わくは共に弓を絶って兵を捨て、和睦しよう。そして、君王(きみ)は天皇の位に登り、安心してすべての政治を行い給え」という。

　あからさまに兵に命じて、ことごとく、弓をたち切り、刀を解いて川に投げ入れた。忍熊王はその欺かれた言葉を信じ軍(いくさ)に命令して、兵を解き、刀を川に投げ入れ、弓の糸を切らせた。武内宿禰は三軍に命令して、儲弓(うさゆづる)を出して糸を張り、真刀(まさひ)を取って川を渡って進んでいった。忍熊王は欺かれたのを知って「吾、既に欺かれた、今、味方の兵もいない。どうして戦うことができようか」と言って兵を退却させた。武内宿禰は精鋭を繰り出し追いかけた。・・・・・・中略・・・・・忍熊王逃げて隠れるところなし。五十狭茅宿禰(いさちのすくね)を呼び、共に瀬田の渡りに落ちて亡くなった。